2017年1月28日土曜日

広島原爆翌日の総てが壊滅した航空写真

広島原爆が投下された1945年8月6日の翌日に、アメリカ軍の写真偵察用の航空機が8月7日に飛来した。約9000mの高度から広島市内の被爆状況の航空写真を撮影した。広島原爆のリトル・ボーイの予定爆心地であった広島市内の中心部の相生橋から南東約300mの島病院の爆心地の上空約600mので炸裂した。爆心地から約2m四方はほとんど全壊と全焼となった。特に太田川は広島城から西に分枝した天満川となり、本流は相生橋から西に、東に分枝した元安川の下流の周囲一帯は総て壊滅状態となった。





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広島のK. キッカワは広島原子爆弾の閃光による焼傷後に、1947年4月30日時点でケロイドが全身に背中から上肢に発生した。

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