2017年2月20日月曜日

米軍の長崎原爆とソ連の満州の侵入が1945年8月9日に同期する

 大本営は1945年8月9日にソ連越境攻撃、満州東、西部より侵入、日満自衛のため交戦、北満州、北朝鮮の要地を爆撃を発表し、日本の朝日新聞は8月10日に一面初に掲載する。8月8日にモロトフ通告でソ連は対日宣戦を布告し、8月9日にソ連は満州里、虎頭へ越境したと報道した。
 西部軍管区司令部から1945年8月9日に発表された長崎原爆を日本の朝日新聞は8月10日の一面次に掲載した。長崎市に新型爆弾、大型二機侵入、被害僅少と報道する。8月9日午前11時に大型二機は長崎市に侵入し、新型爆弾らしきものを使用せり。一機でも退避して、皮膚の露出は大禁物である。壕には必ず掩蓋しシャツでは水腫を通告した。
 ローマ法王機関紙は8月6日の広島への新型爆弾を、非人道的な破壊手段であると8月7日にリスボンで非難した。


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広島のK. キッカワは広島原子爆弾の閃光による焼傷後に、1947年4月30日時点でケロイドが全身に背中から上肢に発生した。

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