2017年9月4日月曜日

長崎原子爆弾により線路のプラットホームで黒焦げした母子の焼死体 (長崎)

1945年8月9日の長崎原子爆弾により南南東の約900mで強烈な熱線と放射線により母親と子供が黒焦げになった翌日の焼死体であった。長崎本線の浦上駅のプラットホーム上で被爆死して、熱線の被爆部は黒化して腫れ上がった。


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広島のK. キッカワは広島原子爆弾の閃光による焼傷後に、1947年4月30日時点でケロイドが全身に背中から上肢に発生した。

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